清水港線の歴史紹介

1.年表

1916年 清水港臨港線として開業 (江尻駅(現清水駅)〜清水港間
1930年 清水港〜清水埠頭間延伸開業
1944年 7月に三保まで延伸
同年12月に貨物線から独立し、清水港線として営業を開始 同時に、折戸駅が新設され、清水埠頭、巴川口、三保駅で旅客営業を開始。
1960年 1960年 旅客から貨物へと重点を移す。(このころ国鉄一の黒字路線だった) この先、貨物輸送の形態の変化により、輸送量の低下。
1972年 旅客列車が一日一往復になる。
1980年 国鉄再建法の第一次特定地方路線に指定される。
1984年 4月1日付けで全線廃止。

2.どのような鉄道だったか?

清水港線は、開業当初(臨港線時代含む)から貨物輸送が主な鉄道でした。

開業当初は清水港に陸揚げされた貨物を清水駅(当時江尻駅)に輸送するためでした。日の出埠頭に大型船施設が建設されると延長されました。
これは当時鉄道の輸送力がほかの輸送手段より効率的だったためです。
第2次大戦のころには、清水港は軍事港に指定され、1939年ころから清水港に日本軽金属、東亜燃料、日立製作所、日本鋼管の清水工場が設立されました。
このことによって、臨港線は三保まで延伸され清水港線となりました。
延長理由は軍事目的で、設立された大工場の製品を運ぶためでした。
そのため、各工場まで専用線が敷設され各駅から多くの引込み線が延びる形になりました。巴川口駅には全国唯一の鉄道岸壁があり、海軍、陸軍の物資を各地に貨車で輸送しました。

清水港線となってからは旅客列車も運転されましたが、圧倒的に貨物列車の本数が多く独立した鉄道とはいえ、やはり貨物線という色が濃い鉄道でした。
貨物輸送がメインだったため、トラック輸送への切り替えにより運行本数の減少、輸送量の低下によって赤字になり廃止となりました。


3.車両紹介

※清水区宮加三フェルケール屋外展示場に保存されていた清水港線車両は2010年6月に解体されました。
  スハフ42 2015の部品の一部がJR東海の博物館に展示される車両に使われる予定です。

●15トンB型ディーゼル機関車


「旧三保駅屋外展示場」にて

貨物車両の牽引、入換用として清水運送鰍ェ使用していたものです。
現在は、旧三保駅屋外展示場にて保存されています。


●タキ8453


旧三保駅屋外展示場にて

日本軽金属叶エ水工場から蒲原工場、新潟工場へアルミナ(白い粉末の「酸化アルミニウム」)を輸送するために活躍しました。
現在、旧三保駅屋外展示場にて展示されています。


<名古屋臨海鉄道>
・ND55215(元DD13-306)
  
名古屋貨物ターミナル入れ換え車(国鉄色)
  
  
 写真提供:えるえる草葉 様

・ND55216(元DD13-225) ※「苫小牧開発」D5605と車体振り替えを実施。そのため純正なDD13ではない。
  
名古屋貨物ターミナル入れ換え機

・ND55218(元DD13-224)
  
行方不明。廃車・解体された可能性があります。

・ND55219(元DD13-226)

   太平洋セメント四日市サービスステーションの入れ換え機(太平洋セメント色に塗り替え済み)
  
   写真提供:ちいふ 様

これら4両のディーゼル機関車は、清水港線で使われていた国鉄DD13型です。


<大井川鉄道>

・スハフ42-286
   
・スハフ42-184
  
・オハ47-81

   大井川鉄道 オハ47-81

3両在籍していたスハフ42のうち、2両は大井川鉄道にて現在も活躍中です。
同じく在籍していたオハ47、2両については、1両が大井川鉄道にて現在も活躍中、もう1両は天竜二俣にて展示されていましたが現在は解体済です。

大井川鉄道でSL急行列車や団体列車として活躍しています。
なお、大井川鉄道は蒸気暖房を使用するため、清水港線時代(電気暖房)の車番から-2000されています。



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